くちゅりぴちゃりと水音が響き渡る。 舌が絡んで唾液が流れる。
化野の手が、硬く勃った直桜の陰茎を扱く度、先走りが流れ落ちて鬼の手を汚す。「すっごいガチガチ。俺の咥えて、興奮した?」
口付けたまま話されると、唇が震えて痺れる。
「だって、護が、気持ちよさそうで……」
すごく嬉しかったから。 蕩けた声も、顔も、可愛かったから。 優しい手に包まれて扱かれるのも、すごく気持ちがいい。「うん、気持ちよかった。直桜も気持ちよさそう。すごく可愛い」
化野の舌が、乳首を舐め挙げる。
思わず腰が浮いた。「ここ、好き? いっぱい、舐めてやるよ」
舌先で弄られて、無意識に体がビクつく。
「ぁ、やっ……気持ちい……」
その間も手は容赦なく直桜の男根を扱く。
「んっ、ダメ、護……、もぅ、出っ……」
化野が顔を上げた。
直桜を見下ろす鬼化した顔には愉悦が滲む。「イっていい。何回でも、イかせてやるから」
手の動きが早くなって、腰に痺れが走った。
浮き上がろうとする腰を抑え込まれる。 ぐいぐいと先をいじられて、体のビクつきが止まらない。「もっ、出るっ」
重い快楽が体から抜けていく感覚が走って、腹の上に熱い精液が飛び散った。
「ぁっ、はっ、はぁ……」
「イキ顔、可愛い」直桜の頬に、口に、首に口付けを落としながら、化野の指が出した精液を絡めとる。その指を尻の穴に当てた。
ドキリとして、身が竦む。「直桜、息を止めないで、力を抜いて」
耳元で囁かれて、力が抜ける。吐息のくすぐったさが心地よい。
化野の指が中に入ってくるのがわかった。「ぁ……、あっ!」
警察庁の建物に入ると、エレベーターホールの奥の壁の前で護が足を止めた。 何もない壁に手を翳す。手を退けると、降りるボタンだけが現れた。 ボタンを押した瞬間、只の壁だった場所が開いた。 当然のように中に乗り込む。 ホールには通常のエレベーターに乗る職員が数人いたが、護と直桜の動きを不振がった者はいなかった。「皆、慣れてんだね。それとも、見えてない?」 エレベーターの中で聞いてみる。 護が、地下5階のボタンを押した。「見えてはいます。慣れている訳でもありません。ただ、気にしていないだけです」「ああ、アレか。限りなく存在感を消す感じ」「ソレです。目には映っているのに意識しない。そんな風に仕向ける空間術。副班長の得意な術法で、警察庁地下に広がる13課のフロアの空間術も、彼女の仕事です」 エレベーターの階数を見て、ぞっとする。「地下十三階まである空間を全部維持してんの? どんな化物?」 かなり広い亜空間をたった一人で何十年も維持するのは、かなりの霊力を消費する。「直桜なら名前を聞けばわかると思いますが、13課の副班長は神倉《かみくら》梛木《なぎ》という女性です」「女性ってことは、人じゃない方か。うわぁ、梛木って13課に所属してんだ。改めて13課って面子がヤバいね」 じんわりと驚きが込み上げる。「女性、ということは、同姓同名の男性もいるのですか?」「うん、男の方は人間で、名前の漢字が違う。確かまだ高校生だったはず。神倉神社の氏子総代の息子だよ」 熊野の神倉神社とは所縁があって、男性の神倉凪とは何度か会ったことがある。 弓道部に所属して日夜練習に励んでいる健全男子だ。
警察庁からの呼び出しは、八張槐の一件の翌日には通知が来ていた。三日の後の八月十三日、何も盆の入りに呼び出すこともないだろうと、呆れる。(まぁ、季節の行事なんか考えていられる場合でもないのかな) キャリーケースは呪法担当部署が解析と解呪のために押収したと聞いていたが、一向に開く気配がないらしい。 今回、直桜は解析要員として呼ばれたわけだが、帰り際に桜谷陽人の執務室に寄るように言付けられている。どちらかというと、陽人がメインなんだろうと思った。「13課って、盆休みとかないの?」 護が運転する車の中で、ぼやく。「基本、ありませんね。盆の頃は霊や怨霊の動きが活発化して、それに伴い、妖怪も動きが派手になりますから、どちらかというと普段より忙しいでしょうか」 きっぱり答えられて、納得しかない。 溜息交じりに下げた視線の先に、何かのカードが見えた。 ダッシュボードの上に載っていたのは、護の運転免許証だ。「桜谷さんに会うのは、気が進みませんか?」「まぁねぇ。槐と同じくらい、苦手なんだよね。あの二人、似てるから」 免許証を手に取り、ぼんやり眺めながら答える。「似ていますか? あまり感じませんが」 仕事柄、護は陽人に会ったことがあるのだろう。副長官然とした桜谷陽人は恐らく、人受けの良い良識人なのだろうが。「槐と陽人は歳が近くて幼馴染で、集落でもよく比べられてたってのも、あんだけど。なんつーか、俺に対する態度……執着が、似てるというか」 執着からくる鬱陶しさが似ている。 この感覚は直桜でないと理解できないのかもしれない。
部屋の扉を開けると、護が自分の部屋に戻ろうとしている所だった。 直桜の姿を見付けた護が、開きかけた扉を閉じた。「すみません、起こしてしまいましたか?」「いや、寝てなかったよ。……清人は、帰ったの?」 事務所の電気が消えているように見える。「ええ、本部に戻らなければならないからと。直桜を心配していましたよ」「そっか」 よく考えたら、清人と真面に言葉を交わさず帰してしまったかもしれない。(俺、相当メンタルボロボロになって帰ってきたんだな) 改めて、自分が酷い状態だったと自覚した。「あの、直桜の部屋に行ってもいいですか?」「え? うん。別にいいけど」 心なしか、護の表情が暗いし、引き攣って見える。 部屋に入ると、護に腕を引かれて、抱き締められた。「護? どうした……」「直桜にだけは、知られたくありませんでした。あの男とのこと」 心臓の鼓動がゆっくりと速くなっていく。 直桜を抱く護の指先が、小さく震えているのが分かった。(もしかしたら俺以上に護の方が、打撃が大きいのかもしれない) 直日神と話したお陰で、帰宅直後よりは気持ちが落ち着いた。何より、直日神が護の名前を憶えていた事実の方が、直桜にとっては驚きだったし大事だった。(護が詰まらない過去と言い切った槐との関係なんか、小さく感じる。けどやっぱり護にとっては、違うんだ) 槐の前で平気そうに振舞っていたのは、直桜の動揺を煽らないためだった。そう考えた
八張槐が姿を消してすぐに、清人が率いる13課が現場に到着した。現場保存をしてキャリーケースを押収していった。 直桜の様子がおかしいことに気が付いた清人が車を運転してくれて、隣にずっと護がいてくれたことは、覚えている。マンションに着いてからは護に部屋に戻された。清人と護は事務所で何か話し込んでいるようだった。 真っ暗な部屋で天井を見詰めながら、直桜は歯を食い縛った。『お前は結局、集落に過保護に愛情を注がれた特別な生神様だよ。俺には永遠に勝てない、あの頃のままだ』 槐の言葉が頭の中で延々繰り返される。(悔しい……。悔しくて、悔しくて、頭バグりそうだ) 伸びてきた槐の手から逃げるように引いてしまった体も、神殺しの鬼の話を振られて完全に怯えた心も。 何より直桜の心にこびり付いて離れないのは。『初めての相手にそんなこと言うの? つれないなぁ』『体の相性は良かったのに? いつも悦さそうにしてたじゃないか』 直桜に聞かせるためにわざと盛って話していることくらい、わかっている。それでも、槐が護の最初の相手だった事実は、きっと変わりがない。(全部、俺の気持ちを搔き乱すためだ。俺がどんな顔をするのか、楽しんでいるだけだ) わかっているのに、槐の期待通りの反応をしてしまった自分自身に腹が立って仕方がない。(護は全然気にしてない感じだったじゃないか。俺が気にしてどうすんだよ。それよりもっと、考えなきゃならないことが、あるだろ) 神殺しの鬼について、直桜には最低限の知識しかない。護も槐も、もっと突っ込んだ意味を知っている様子だった。(俺が一番知らなきゃいけないのは、それだろう。ちゃんと、聞か
「やぁ、招待状を貰ったから、来てみたよ。久しぶりだね、槐」 穏やかな声音とは真逆に気を尖らせた直桜に、護が息を飲んだ。「ああ、久しぶり。十年振りくらいかな。随分と背が伸びたな。俺が集落を出る前はまだ小さな子供だったのに。時の流れを感じるよ」 槐が不自然なまでに穏やかに笑む。「そっちは随分、ガタイが良くなったね。集落にいた頃は、ヒョロ長の優男だったのに。反社のリーダーって筋肉必要なんだね」「元々リーダーだった母親が死んだからね。引継ぎやら儀式やらで体力がいるんだ。気が付いたらガチムチになっててさ。男前になっただろ?」 まるで正月に久々に会った親戚のような会話に、うんざりする。(槐の母親、死んだのか。俺を異端と罵った、集落の術法を盗んで逃げた女。外で再婚したって聞いてたけど、やっぱり反魂儀呪に残ってたんだな) 槐が集落を出るより早く、槐の母親は集落を裏切った。そのせいで八張家の肩身が狭くなり、槐への長たちの当たりがきつくなったのは事実だった。「前の方が良かったよ。あんまりガチムチだと気持ち悪い」 直桜の返事に、槐は吹き出した。「そっか、直桜の好みは優男の方か。だから、化野護を好きになった? けど彼も鬼化したらガチムチだろ?」 直桜の隣にいる護が反応して前に出ようとするのを、止める。「どうやら俺、見た目で人を好きになるタイプじゃないらしい。それに、好きになったら一途っぽいから、護はあげないよ」 護の前に出る。 槐の目が、笑んだまま暗く座った。「狡いなぁ。俺の方が先に目を付けていたのに。13課に奪われて直桜にまで持っていかれちゃった
八王子の現場は前の二か所とは明らかに様相が違っていた。 民家やアパートの廃墟を使って儀式を行う反魂儀呪にしては珍しく屋外だ。しかも今までの儀式跡より規模が大きい。 何より最も異なるのは、視認できるほどの結界が敷かれていたことだった。「一応確認だけど、あの結界の壁は13課が現場保管のために敷いているものじゃないんだよね?」「違います。直桜なら視認しただけで、わかりますよね。私が気付くくらいです」 護が驚きを通り越して呆れた声を出す。「まぁ、そうなんだけどね」 げんなりした声が自然と漏れた。 つまりこの場所だけ、他とは違う呪術が行使されていたということだ。(この流れでいけば、神を繋ぐ鎖の儀式。神置か神封じのどちらかだ) 桜谷の集落でも、時々行われていた儀式だ。惟神に相応しい人間が現れなかった時のために、その場所に神に留まってもらうための場所を作るのが神置だ。 神封じなら文字通り、人間以外の入れ物か場所に封印する。 どちらであったとしてもあまり良い想像は出来ない。「念のため、清人に連絡入れてくれない? この場所に枉津日神がいる可能性が高いから」 直桜の言葉に護が表情を強張らせた。「もしいたら持ち帰るね、って伝えて」「そんな、荷物か何かみたいに……」 スマホでメッセージを打ちながら、護が呆れる。「俺的にもかなりの大荷物だけどね。さすがに一人の|人間《器》に二柱の神は降ろせないからさ」 メッセージを送信し終えた護が、表情を変えた。「現場保管用の結界も解かれています。13